スノーボード女子の鬼塚雅さんはどんな人?大会経歴など調べてみた

雑記

スノーボード女子の鬼塚雅さんは2種目でメダルが期待されています。

スロープスタイルとビッグエアで北京五輪に出場される予定。

笑顔がステキなスノーボード女子の鬼塚雅さんはどんな人なのでしょうか。

 

また、どのような大会に出られていた方なのでしょうか。

調べてみました。

スノーボード女子の鬼塚雅さんはどんな人?

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鬼塚雅さんは、実は雪国ではなく南国の熊本県出身。

スノーボードなど、ウィンタースポーツは北国出身の方が多い中、熊本県出身なのは珍しいのではないでしょうか。

 

熊本県熊本市に生まれ、実はスノーボードに出会ったのは5歳の頃だったそう。

福岡県の屋内練習場で初めてスノーボードを体験。

そして、ソルトレーク五輪のオリンピック選手であった橋本道代さんに教えてもらったことがきっかけで、自分もどんどんスノーボードにのめり込んでいったんだそう。

 

やはり、はじめに習う先生って大切なんですね。

鬼塚雅さんの大会経歴①初優勝は小学1年生

なんと、初優勝は小学1年生の時だったそう。

国内の大会だったそうですが、初優勝が小学1年生ってすごいですよね。

その後8歳でスノーボードのトップメーカー、「バートン」と契約を結んだそう。

 

8歳でスポンサー契約って、もうすごいとしか言いようがありません。

そして、そのバートンが主催しているヨーロピアンジュニアオープンで2012年に優勝しています。

その後も2014年まではずっとスロープスタイルのみで活躍されていましたが、2015年のWinter Games NZではビッグエアで優勝されています。

 

そこからスロープスタイルとビッグエアの二本立てでの活躍が始まります。

鬼塚雅さんの大会経歴②五輪嫌いだな

様々な大会で表彰台に乗り、迎えたのが平昌オリンピック。

平昌オリンピックでは、強風や天候の影響で、予選はなくなり全員で決戦という異例の事態となりました。

 

決戦も、本来3回あるはずが、2回に減ってしまいスロープスタイルは19位、ビッグエアは8位入選とメダルを逃してしまいます。

そのときのインタビューでは、あまりにも自分の実力を出せなかった環境に、思わず「五輪嫌いだな…」ともらすほど。

 

見ていた方も、転倒する選手が多くてひやひやする大会でしたよね。

しかし、鬼塚雅さんはここで諦めませんでした。

あっさりと「自分が未熟だった」とトレーニングを開始し、次々と表彰台を飾るようになるのです。

 

近年では、2020年のXゲームアスペンでビックエア1位、バートンUSオープンのスロープスタイル3位、2021年のXゲームアスペンのビッグエアで2位、FISスノーボード世界選手権のビックエアで3位、など、表彰台に数多く上っています。

 

まとめ

小学生の頃から表彰台に上り、平昌五輪で一度挫折したものの、その後不死鳥のように蘇ってきたスノーボード女子の鬼塚雅選手。

今度の北京五輪でも、きっと活躍されることでしょう。

 

楽しみですね。

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